14年連続プレーオフ進出。ドジャースの「異質な強さ」を訳してみる
現地時間9月14日、シンシナティ・レッズを下して今年もプレーオフ進出を確定した試合後。ドジャースのロッカールームに派手な騒ぎはなく、選手たちは軽くグラスを合わせては、すぐにいつもの表情に戻っていた。
ケガ人が続出した先発ローテーションを救うべく、8月1日のトレード期限ギリギリで加入した左腕タリク・スクーバル。チームに加わってまだ2ヶ月足らずの彼が、メディアに語ったこの言葉にドジャースの強さが凝縮されている。
"We had a little toast, and then we forgot about it."(軽く乾杯をしたあとは、もう忘れたよ)
少し前に外からやってきたばかりのスクーバルが、一瞬でこの冷静なマインドセットに同化している事実に、ドジャースの組織の底知れなさを感じた。彼らにとって10月に野球をすることは、もはや歓喜の対象ではない。「最低限の営み」なのだろう。
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「14年」という数字を翻訳してみる
ドジャースが達成した「14年連続プレーオフ進出」は、メジャーリーグの歴史において特別な意味を持つ。1991年から2005年にかけてナショナル・リーグを完全支配した、アトランタ・ブレーブスの※MLB最長記録に並ぶ偉業となった。(※ストライキでポストシーズンが中止となった1994年を除く)
さらにアメリカ4大スポーツを俯瞰すると、この「14年」はさらに重みを増す。
各リーグのプレーオフ進出枠の歴史を見てみると、NBAやNHLは全チームの「半分以上」がプレーオフに進める構造を持っている。最も過酷と言われるNFL(アメリカン・フットボール)でさえ、近年は32チーム中14枠(44%)まで拡大されている。
一方、ドジャースが歩んできたこの14年間の大半は、メジャー30球団中わずか10枠(33%)、近年のプレーオフ進出チーム拡大後でも12枠(40%)という、最も過酷な針の穴だ。4大スポーツのプレーオフ最長記録を並べてみると、今季のドジャースや、かつてのブレーブスの異質な強さが際立つ。
NHL(ホッケー): ボストン・ブルーインズ / 29年連続
NBA(バスケ): サンアントニオ・スパーズ / 22年連続
MLB(野球): ドジャース、ブレーブス / 14年連続
NFL(アメフト): ニューイングランド・ペイトリオッツ / 11年連続
さらに、野球というスポーツは4大スポーツの中で最も「1試合あたりの運の要素(マージン・オブ・エラー)」が大きい。
この「マージン・オブ・エラー(Margin of error)」という言葉は、直訳すると「許容される誤算の範囲」や「ミスの余地」という意味になる。言い換えると、野球は「わずかな不運や1球のミスで、試合の勝敗が簡単に逆転しまうスポーツ」と言える。ピッチャーがどれほど完璧に投げても、味方の打線が冷え切ってしまえば負けるし、その逆も然り。
そんな「誤算の余地」がどこよりも大きい野球で、162試合という狂気じみたペナントの長丁場を14年間、一度も踏み外すことなく勝ち続けること。それは確率論の壁をぶち破る、奇跡に近い偉業だ。
歴史に「もしも」はない。だけど、もし2021年のサンフランシスコ・ジャイアンツが、球団記録となる「107勝」という奇跡的なシーズンを送っていなければ、ドジャースのこの記録は「14年連続地区優勝」という、ブレーブスと並ぶ不滅の金字塔になっていたはずだった。
あの年、ドジャースは106勝を挙げながら、わずか1勝の差で宿敵ジャイアンツの後塵を拝し、一発勝負のワイルドカードへと回された。ドジャースの歴史の糸を切るハサミを握っていたのは、いつだって伝統のライバルなのだ。
24年前の秋、ターナー・フィールドが凍りついた瞬間
「MLB最長」「14年連続」という重み、精度、そしてポストシーズンの不条理さを語るとき、私の脳裏によみがえる秋がある。
今から24年前、2002年のナショナル・リーグ・ディビジョンシリーズ(NLDS)だ。当時、新庄剛志という不世出のスターの通訳としてサンフランシスコ・ジャイアンツに在籍していた私は、地区優勝は逃したものの、ワイルドカードから一気に駆け上がるチームの熱気の中に身を置いていた。
ジャイアンツの行く手に立ちはだかったのは、2002年当時、11年連続地区優勝中だったアトランタ・ブレーブスの「不変の王朝」だった。
グレッグ・マダックス、トム・グラビン、そしてジョン・スモルツ。後に揃って殿堂入りを果たす伝説の三本柱をガッチリ固定して戦うブレーブスは、強さの象徴だった。
2勝2敗で迎えた、敵地アトランタでの運命の第5戦。ジャイアンツの先発ラス・オルティスが粘投し、主砲バリー・ボンズが先制のホームを踏む。1点リードの9回裏、ノーアウト一、三塁という絶体絶命の危機で、ジャイアンツの守護神ロブ・ネンがマウンドで吠えた。
大砲ゲイリー・シェフィールドを三振に仕育め、主砲チッパー・ジョーンズをダブルプレーに打ち取った瞬間――。
あの、地鳴りのようだった敵地ターナー・フィールドが、一瞬で「シーン……」と静まり返った空気。狂喜乱舞する私たちのロッカールームの裏で、冷たく、重く凍りついていたアトランタの通路。
どれほど偉大な王朝であっても、秋の魔物が棲む舞台では、リアルで残酷な打ちのめされ方をする。私はそれを、一番近い特等席で肌で知った。狂喜するチームメイトの笑顔の向こうに見えたあの「静寂」が、メジャーリーグの「秋」のもうひとつの正体と思う。
変化し続ける「新陳代謝の曼荼羅(まんだら)」
ひるがえって、現代のドジャースの14年間は、めまぐるしく変化する「新陳代謝の曼荼羅」と言える。
前田健太がいて、コーリー・シーガーがいて、コディ・ベリンジャーがいた。コアメンバーたちが次々と去り、今シーズンも開幕時の先発ローテーションが崩壊するような故障の連鎖に見舞われながらも、ドジャースは絶対に沈まない。
精密なスカウティング、独自の育成、そして大谷翔平や山本由伸、タリク・スクーバルといった冷徹なまでの大型補強。血を入れ替え続け、組織のシステムそのものが「勝ち続ける構造」になっている。
現地メディアのコラムを読むと、ドジャースの強さを表現する際に、しばしばこんな象徴的なフレーズに出会う。
"Making the postseason is just a driver's license."(プレーオフ進出なんて、ただの運転免許証に過ぎない)
免許証を持っていなければスタートラインにさえ立てないけれど、目的地に無事にたどり着ける保証はどこにもない、という意味だ。アメリカのメディアは、この14年連続の偉業を称えつつ、こんな風に冷ややかに付け加える。
"October implies, but doesn't guarantee."(10月は可能性を暗示するが、栄光を保証するわけではない)
贅沢で、残酷な呪縛の始まり
大谷翔平が「50-50」の壁を突き破り、前人未到の歴史を刻む裏で、チーム全体もまた、MLBの歴史の頂点へと足を踏み入れた。
しかし、ドジャースタジアムに集うファンも、デーブ・ロバーツ監督も、選手の誰もが満足はしていない。シンシナティのロッカールームで見せたスクーバルのあの淡々とした表情が、それを雄弁に物語っていた。
14年連続の切符。それは偉大な勲章であると同時に、「世界一にならなければすべてが失敗」とみなされる、残酷で贅沢な呪縛の始まりでもある。
秋の風が吹き抜けるメジャーリーグ。ドジャースの本当の戦いは、この「当たり前の切符」を握りしめ、かつて私たちが引きずり下ろしたあのブレーブスのように、足元をすくわれる恐怖と戦いながら、いよいよ来月、幕を開ける。
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【9月25日追記】
この記事を書いた数日後、ドジャースは地区優勝を決めました。今度はシャンパンを開けて盛大に祝いました。「喜ばなかった」のではなく、「何を祝うのか」が違ったのかもしれません。
その光景を見て、24年前、クラブハウスで経験したある夜を思い出しました。続きを書きましたのでこちらもどうぞ。
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